ナーミンの玉手箱

本、投資、マンガ、麻雀などなど。好きな事について気楽に書いていきます。

留年生は単位が足りない夢を見る

時々、あの夢をみる。ドキドキしながら大学のポータルサイトをひらく。

成績紹介。クリック。

 

120単位。

卒業 不可

 

うわっ!!またこれか・・・

もちろん、その日の寝起きは最悪である。

 

僕は大学に7年通った。別に病気とかではない。いや、ある意味病気だったかもしれないけど・・・

 

『自堕落』

 

僕の大学生活の大半はそれが占めた。サボリ、麻雀、サボリ、バイト、サボリ・・・最後だけ1年留学がんばった。(これは周囲から学歴ロンダリングと褒め言葉を頂いた)

 

つらつらと大学生活を振り返ってみる。

ぴちぴちの1年生時代。教育学部だったゆえ、「俺は教師になる!」と決心。教職の授業をとるも、授業数が増えるわあまりにもつまらないわで挫折。ぽきっ。

 

ピュアさがなくなった2年生時代。高校時代に覚えた麻雀をツテに、麻雀サークルに入部。滅茶苦茶ハマる。サークルにフル出席だった情熱を買われ、半年で即部長に任命される。麻雀麻雀。

 

究極のチンパン時代3年生。本当に麻雀してる記憶しかない。毎朝「いってきまーす!」と母さんに別れを告げ、雀荘に直行していた。だってそこには、仲間が待っていたから・・・。麻雀の腕はメキメキ上達、全国大会出場。なお、1年の習得単位数、2単位。

 

穢れが貯まりきった4年生時代。もはや卒業できぬことなどわかっている。家に卒業できませんよ通知が届く。母激昂。往復ビンタをくらう。

ビンタを喰らって学費100万チャラなら安いもんだ。。。クズ思考。晴れて留年。

 

転機の5年生時代。ここで大学生になって一番つらかった、強烈な失恋をする。つらい、つらすぎる。麻雀しかしてこなかった自分を恨んだ。好きだった子は国際系学部の英語ペラペラで映画、小説、その他色々嗜んでおられたが、自分には教養なんて微塵たりともない。麻雀が人よりちょっと上手いぐらい。それがいったい何になるんだ。

人に胸を張って、これをやったと言えることが何もない。そんな自分が本当に恥ずかしかった。

 

変わらなきゃ。このまま変わらなきゃ本当にクズのままだぞ・・・

決めた。

絶対に今までの自分だったらやらなかったことを成し遂げよう。

 

自分は今まで、一番英語が苦手だった。ならば英語を勉強して留学するんだ。

あっちがペラペラなら、こっちだってペラペラぐらいにならないとダメだ!

全く自分がやったことのないものを身につけて、自分に胸を張れるようにしよう。

 

すぐに留学を申し込んだ。留学まで、毎日英語の勉強をした。とにかく話すことに特化したかったから、Youtubeで動画を見てネイティブの発音を徹底的に真似た。スカイプでフィリピンの人に英語のレッスンをお願いしたりもした。色々な英語を聴いて、勉強した。高校時代は赤点ギリギリで、勉強を始める前は「疑問文ってどうやったっけ?」というレベルだったのが、半年もしたらドンドン喋れるようになった。言われてることが、ある程度分かるし、自分もそれなりに回答できるようになったのだ。大学生活で初めて自信が持てた瞬間だった。

 

 

それから留学、就活、なんとか卒業となる。こうして大学時代を振り返ると、普通は留学が学生生活のハイライトになりそうなものだ。しかし自分にとってはマントルの如し地の底から太陽の光が届く外界へ抜け出ることができた、5年生時代こそが一番激動の年だった。人は変わろうと思えば絶対に変われるし、毎日の継続は本当に強い力になる。そのことを身をもって知った。

 

 

後日談。

本当に大学時代は母親に迷惑をかけた。。

留年+留学費用は社会人になってからコツコツと返済し、ついに先月、総額200万を完済した。親不孝な息子でごめん。いつも見守ってくれてありがとう。